📊 AIを用いた研究の浸透状況:分野別調査
AI / 学術 / 研究 / 動向調査
調査日:2026年7月27日
目次
結論
「AIで論文を書く」はすでに例外ではなく、分野によっては多数派になった。ただし浸透の度合いは分野間で桁違いに開いており、arXiv全文の実測でコンピュータサイエンスの約65%に対し、数学は約0.7%という100倍近い差がある。
さらに重要なのは、「執筆をAIが手伝う」段階と「研究そのものをAIが進める」段階は別物であること。前者はほぼ全分野に普及した一方、後者が実質的な成果を出しているのは数学の形式証明・創薬・材料の3領域にほぼ限られている。
1. 全体像を押さえる数字
| 指標 | 数値 | 出典 |
|---|---|---|
| 自然科学のAI関連出版数(2025年) | 約80,150本、前年比+26% | Stanford HAI AI Index 2026 |
| 科学研究アウトプット全体に占めるAI関連の割合 | 分野により5.8〜8.8%(2010年は1%未満) | 同上 |
| 生成AIを論文執筆に使った研究者 | 57%(Nature 2025年調査、2023年は30%) | Nature |
| AI方針を持つジャーナル | 70%(5,114誌を調査) | PNAS (He & Bu, 2026) |
| そのうちAI使用を明示的に開示した論文 | 75,000本中76本(約0.1%) | 同上 |
最後の行が今の状況を最もよく表している。PNASに掲載されたHeとBuの研究は520万本の論文を分析し、「ジャーナルのAIポリシーは、AI利用の抑制にも透明性の向上にもほとんど効果がなかった」と結論づけた。方針を持つ誌と持たない誌でAI利用の増加率に有意差がなかった。
使用は広がり、開示はされない——これが2026年の既定状態である。
2. 分野別の浸透度(arXiv全文の実測)
検出ツールUnslopが2026年7月に公表した測定が、現時点で最も粒度の細かいデータ。arXiv論文12,750本の本文全体(要旨だけでは信号が弱まるため)を2023年1月〜2026年7月にわたってスコアリングし、ChatGPT登場前の2021〜22年の論文で偽陽性率0.4%に較正している。
直近12か月の結果:
| 分野 | AI的な文章と判定された割合 | 95%信頼区間 |
|---|---|---|
| コンピュータサイエンス | 65.0% | [59.3, 70.3] |
| 定量生物学 | 56.3% | [51.0, 61.7] |
| 電気工学・システム | 51.3% | [46.0, 57.0] |
| 経済学・ファイナンス | 47.0% | [41.3, 52.7] |
| 応用物理 | 34.0% | [29.0, 39.7] |
| 統計学 | 31.3% | [26.0, 36.7] |
| 物性物理 | 24.0% | [19.3, 29.0] |
| 高エネルギー物理 | 14.0% | [10.0, 18.0] |
| 宇宙物理 | 10.7% | [7.3, 14.3] |
| 数学 | 0.7% | [0.0, 1.7] |
ChatGPT登場前のベースラインは全分野でほぼゼロだったので、3年半での変化ということになる。
この表を読む際の注意
測定者自身が挙げている限界:
- 数学は数式記号の比重が高く、検出器が「AI的な散文」を捉えにくい構造的な盲点がある
- 検出器の感度はAIモデルによって差があるため、「真の割合は測定値以上」
- フラグが立つのは「機械的な文章」であって、AIに大幅加筆させた人間の原稿も含まれる
特に数学の0.7%を「数学者はAIを使っていない」と読むのは誤り。数学は別のかたちで最もAIが食い込んでいる分野である(後述)。
分野差の背景として、PNASの研究は非英語圏・物理科学系・オープンアクセス比率の高い誌で増加率が最も高いことも報告している。英語ネイティブでない研究者にとっての執筆支援という用途が、普及の大きなドライバーになっている。
3. 分野別:何にAIが使われているか
コンピュータサイエンス/機械学習 — 飽和と制度崩壊の同時進行
浸透率が最高であると同時に、弊害が最初に制度を壊し始めた分野でもある。
投稿数の爆発
- NeurIPS:2020年 9,467本 → 2025年 21,575本(220%増)
- AAAI 2026:約29,000本(著者総数75,000人超)
- ICLR 2026:19,490本
質の劣化が数字で出ている
- NeurIPS 2026ポジションペーパー枠:969本中273本(28.2%)が検出ツールPangramで最高スコア。窓幅を細かくして精査した結果でも12.7%が実質的なAI生成と判定。178本(18.4%)が異議申立ての機会なしにデスクリジェクト、123本が「バージョン履歴つきのオンライン版を提示すること」を条件とする条件付きリジェクト。同枠はAI利用を「コピーエディット等の周辺的な修正」に限定していた。
- 査読側も同様:ICLR 2026に提出された約75,800件の査読のうち21%が完全にAI生成、半数以上に何らかのAI関与(Pangram Labs分析)。Natureも「半数以上の研究者がガイダンスに反して査読にAIを使っている」と報道。
- NeurIPS 2025:少なくとも53本(約1%)の採択論文が捏造された引用文献を含んだまま査読を通過。
制度側の対応
arXivは2025年11月、CS分野のレビュー論文とポジションペーパーについて「査読を通過し学会・論文誌に採択済みであることの証明」を投稿要件とする方針に転換。さらに人間のチェックを経ていない明白なAI生成物の投稿者には1年間の投稿禁止措置を導入。初回投稿者にはエンドースメントも必要になった。
学術政治の論点
「完全自動化された科学エージェントによる分母ゲーミング」を論じたポジションペーパーが出ている。論文の質(分子)ではなく投稿数(分母)を人工的に膨らませて採択率を下げ、見かけ上の選抜性・威信を演出できてしまう、という指摘。
数学 — 文章では最下位、しかし「証明そのもの」では最先端
表の上では0.7%と最下位だが、数学はAIが人間の代わりに研究の中身を出した最初の分野である。
- 2026年5月、Google DeepMindがAlphaProof Nexus(Gemini 3.1 ProとLeanコンパイラを組み合わせたエージェント枠組み)を発表
- 353問に挑んだエルデシュ問題のうち9問を自律的に解決。うち2問は56年間未解決だったもの
- OEIS予想では492件中44件を証明
- HarmonicのAristotleはIMO 2025で金メダル相当の性能に達し、公開APIも提供
数学におけるAIは「論文の文章を書く道具」ではなく「Leanで検証可能な証明を探索する道具」として入っており、検出器が測っている軸とは直交している。形式検証があるぶん、CS分野で起きている「もっともらしい嘘」の問題が構造的に起きにくいのも特徴。
生命科学・創薬 — 産業側の投資が研究様式を変えつつある
定量生物学の文章側は56.3%と2位だが、この分野の本番は自律的な発見システム。
Kosmos(Edison Scientific)
- データセットと自然言語の目標を与えると最大12時間、データ解析・文献探索・仮説生成のサイクルを回し、引用つきの科学レポートを合成
- 代謝物学・材料科学・神経科学・統計遺伝学など7つのケーススタディで、未公開結果の再現と新規機序の提案を実施
- ただし人間の科学者による検証では記述の正確性は80%にとどまり、データセット選定と妥当性確認は人間が担う前提
産業側の本格投資
- 2026年初頭、GSKがNOETIKに前払い5,000万ドル
- イーライリリーがChai Discoveryに年額数千万ドル規模のアクセス料
- リリーとサーモフィッシャーがそれぞれNVIDIAと自律ラボ関連の協業を発表
論文工場(ペーパーミル)の問題
- 2022年に出版された論文の1.5〜2%がペーパーミル製に酷似すると推計
- 20万件のシステマティックレビューの調査では0.15%が撤回済みのペーパーミル論文を引用(腫瘍学が最も影響大)
化学・材料科学 — 自律ラボ(SDL)の第2世代へ
「SDL 1.0」が閉ループ発見の実現可能性を示した段階から、相互運用性と適用範囲の広さを備えたSDL 2.0へ移行しつつある、というのが2026年のレビュー論文群の共通認識。
- ナノ材料・触媒:ロボットによるコインセル組立、自律的ナノ粒子合成、固体酸化物セルの自動ワークフロー
- 有機化学・バイオエンジニアリング:AI駆動ロボット化学者、超高速フロー合成プラットフォーム、自律的ナノ粒子製造
- 韓国は半導体・電池・化学産業を背景にSDL導入の中心地の一つ
ベンチマーク上では、フロンティアモデルは化学の2,700問超からなるChemBenchで人間の専門家平均を上回った。
物理・宇宙物理 — 慎重派だが基盤モデルは登場
文章側の浸透率は10〜34%と低め。米国天文学会の調査(2024年、約500名)では執筆補助33%、プログラミング48%という使い方で、コード生成には使うが原稿には使わないという規範が比較的保たれている。
能力の限界も明確に測定されている
- ReplicationBench:フロンティアモデルの宇宙物理論文の再現成功率は20%未満
- PaperArena:最良のエージェント38.8% vs 博士号取得者83.5%
- バイオインフォマティクスの実タスク:フロンティアモデル約17%
一方で道具としての実績は積み上がっている
- 2億超の天体(5大サーベイ)で訓練された初の天文学基盤モデルAION-1が登場
- 気象分野ではFourCastNet 3が60日予報を4分未満で生成(従来手法の8〜60倍速)。2025年にAIシステムが初めて気象予報パイプラインをエンドツーエンドで実行
経済学・社会科学 — 「文章」は47%、「エージェント」は20%
経済学・ファイナンスの文章側浸透は47%と高い一方、Anthropicが2026年初頭に実施した定量社会科学者1,260名の調査は別の姿を見せる。
採用率
- AIチャットボットを試したことがある:81%
- コーディングエージェント(Claude Codeなど)を常用:20%
- エージェント利用者の86%がClaude Codeを使用
用途は圧倒的に技術寄り
- 97%がデータ解析用のコード生成
- 2位が散文の編集、以下 手法の助言・文献調査
- AI利用者全体のうち原稿の草稿作成に使ったのは3分の1のみ
採用の偏りが顕著
- 博士課程学生・ポスドクは終身在職権のある教授の2倍
- 男性名の研究者は女性名の2倍以上
- 上位25大学の所属者は他より40%高い
- この格差は一般的なAI利用より、コーディングエージェントでいっそう鋭い
質的研究側の論点
LLMによるテーマ分析・コーディングの自動化が進む一方、文脈理解の妥当性、人間コーダーとの体系的比較の欠如、機微データをChatGPTに入力することのプライバシー問題が未解決。「置換」ではなく「手作業のコーディングをより戦略的に配分するための補完」という位置づけが主流。
医学・臨床 — 実務の普及が研究の普及を先導
- 米国医師の81%が診療でAIを使用(AMA調査。2023年の38%から倍増)
- 「AIは患者ケアの能力を向上させる」と考える医師は4分の3超(2023年は65%)
- 研究面ではElicit、Consensus、SciSpace、Scopus AIといったツールがシステマティックレビューの期間を数か月から大幅短縮
- 研究公正の側でもAIが使われ始め、報告ガイドライン適合性の自動チェックなど「事後的な不正発見から、事前のゲートキーピングへ」の移行が試みられている
法学 — 幻覚引用が実害として可視化された分野
学術というより実務の話だが、影響は法学研究にも及ぶ。
- AI捏造引用が提出された裁判例は2026年6月時点で1,598件(1年前は約200件)
- 2026年4月時点で1,313件の訴訟手続で確認され、うち496件は有資格弁護士が関与
- 最高額の制裁:Couvrette v. Wisnovsky(オレゴン地裁)約109,700ドル
- 2026年第1四半期だけで米国の裁判所は14万5,000ドル超の制裁を科した
- 制裁額の推移:5,000ドル(2023年)→ 55,597ドル(2025年)と18か月で11倍
- ネブラスカ州では、AI提出書面を理由に弁護士資格を完全に剥奪する米国初の懲戒処分
- 技術的背景:法律特化のRAGツールですら17〜34%の割合で幻覚を起こす(Stanford/Yale, Dahl et al., 2024)
日本の状況
- 全国532大学の調査で、約6割が教育に生成AIを活用。成績評価や入試に使う先進例も出る一方、4割は不正利用への警戒から検討・準備段階にとどまるという二極化(日本経済新聞)
- 学会レベルのガイドライン整備が進行中。日本広報学会が2026年6月30日に「研究活動におけるAIツール利用ガイドライン」を公開。研究企画・調査・分析・執筆・査読の各場面を対象とし、AIツールを著者・共著者として認めず、研究内容の責任は著者が負うことを明示
- 東京大学の全学ガイドラインは活用可能性を認めつつ、誤情報・権利侵害・剽窃・不正行為・思考力減退のリスクを列挙する構成
4. この状況をどう読むか
(1) 「文章のAIらしさ」と「研究のAI化」を混同しない
CSの65%という数字の多くは、非英語話者の執筆支援や推敲であって、研究の実質がAI由来であることを意味しない。逆に数学の0.7%は、AlphaProof Nexusがエルデシュ問題を解いている事実と全く矛盾しない。
分野を比較するなら、次の4層を分けて見る必要がある:
| 層 | 内容 | 浸透状況 |
|---|---|---|
| 執筆 | 推敲・翻訳・草稿生成 | ほぼ全分野に普及 |
| コード・解析 | データ解析コード生成、パイプライン構築 | 理工系全般に普及 |
| 仮説生成 | 新規機序・予想の提案 | 一部で実用段階 |
| 検証 | 提案の正しさの確認 | 形式検証・実験のある分野のみ |
(2) 検証可能性のある分野ほどAIの成果が本物になっている
数学(Leanコンパイラ)、創薬(ウェットラボ検証)、材料(自律実験)は、AIの出力を機械的・物理的に反証できる仕組みを持つため、幻覚が成果に混入しにくい。
一方、査読しか検証手段がないCS・社会科学では、幻覚がそのまま文献に定着する(NeurIPS 2025の53本がその実例)。
(3) 制度の対応は明確に後手
70%のジャーナルがAIポリシーを持ちながら開示率0.1%、ポリシーの有無で利用率に有意差なし——規範による統制が機能していないことを意味する。
実効性があったのは、arXivのCS方針転換やNeurIPSのデスクリジェクトのような、検出と機械的な門前払いを伴う措置だけだった。ただし検出器には偽陽性の問題があり、Unslopの0.4%という較正でも大規模適用時には無視できない冤罪が出る。
(4) アクセス格差が新しい形で現れている
Anthropicの調査が示した「ポスドクは教授の2倍、男性名は女性名の2倍以上、上位25大学は40%高い」という偏りは、生産性ツールが均等に配分されていないことを示す。
arXivが導入したエンドースメント要件も、AIスパム対策としては合理的である一方、所属のないキャリア初期の研究者を締め出す副作用が指摘されている。
参考文献
一次データ・実測
- Over 30% of papers submitted on arXiv read as AI-written(分野別実測の一次データ)
- Academic journals’ AI policies fail to curb the surge in AI-assisted academic writing | PNAS
- AI-Generated Papers in the NeurIPS 2026 Position Paper Track – NeurIPS Blog
- Coding agents in the social sciences \ Anthropic
- Science | The 2026 AI Index Report | Stanford HAI
学術制度・研究公正
- Position: Academic Conferences are Potentially Facing Denominator Gaming Caused by Fully Automated Scientific Agents
- Attention Authors: Updated Practice for Review Articles and Position Papers in arXiv CS Category
- arXiv Changes Rules After Getting Spammed With AI-Generated ‘Research’ Papers - 404 Media
- More than half of researchers now use AI for peer review — often against guidance | Nature
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- Nearly 30,000 Submissions Flood NeurIPS | 36kr
分野別
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